ゆるまる〜ゆるっとまるっと〜

好きって気持ちでいっぱいです。

2019年1月27日。

2019年1月20日

私にとって、人生を大きく左右する2日間が終わった。


ずっと前から友だちと約束してた、翔くんのお誕生日会をやった。
気兼ねなく話せるその友だちと「untitled」を見て、歌って、踊って、笑って、泣いて、騒いで、『嵐はやっぱり最高のアイドルだな〜』って褒めちぎった。
そのあと、and moreの申し込みがFC会員じゃないと出来ないと知って、郵便局に駆け込んだ。

10年間、ずっとずっと憧れてた嵐のFCに、ようやく入った。

春からは新生活で上京するから、これからは、ずっとずっと行きたかった嵐のライブにも行けるんだって、

つらくても、かなしくても、もう私は嵐のFCなんだから、なんだって頑張れるって、

「お茶の間」と混同されるような非会員じゃなくて、やっと会員になれたんだって、

ライブに応募する権利がやっと貰えたんだって、

どこか無敵になれた気がしてた。

大人になったら、遠征だってたくさんしよう、地方に行って、その地方の美味しいものとかも楽しめるような、そんな大人になろう。

それが、私の思い描いてた未来だった。
それが、私の"当たり前"だった。

でも、"当たり前"なんて、この世界のどこにも無かったんだ。

それを改めて知らされた。

たった、それだけのことなのに。



人生の中でいちばん落ち込んでたんじゃないかな、ってくらいの時、嵐の曲を聴いて、「この世界はまだまだ楽しいことだらけなんだな」って分かった。

その時からずっと嵐が好きで、

ずっと嵐が心の支えで、

嵐を通してNEWSを知って、ジャニーズを好きになって、世界が一気に明るくなって、世界の楽しみ方をたくさん知って、

これからも、どんどん輝かせてくれるんだろうなって。




"自由な生活がしてみたい"

そんな大野くんの言葉が、今の私に1番響いた。

私も、"自由に生きていきたい"って周りの大人にワガママを言って、これからの自分の人生の道を決めたから。

私の"自由に生きていきたい"って、"楽しく自分らしく、嵐を応援し続けたい"ってことだった。

でもそれは、大野くんにとっては"不自由"だったんだ、って。




アイドルだって1人の人間だからって、頭では理解してたはずなのに。

どうして涙が止まらないんだろう。
どうしてこんなにくるしいんだろう。
どうしてこんなにかなしいんだろう。

どうして、こんなに、さみしいんだろう。



"嵐を宝箱に閉じこめたい"
"嵐の為ならなんだって出来ます"
"僕らはいつまでも嵐です"
"5人で団結して最後まで走るので、ついてきて頂けたら嬉しいです"

それはきっと、嵐のことを1番考えてて、1番大好きな嵐5人が決めたことだって信じたくないから。


飲み込むまで、受け止めるまでの時間をくれた嵐の優しさが、
不安を感じさせないようにか、普段通りの雰囲気で報告してくれた嵐の気遣いが、
目を逸らさず、きちんと想いを届けてくれる嵐の真っ直ぐさが、

そんな、嵐の全てが、今はいたくて、くるしい。



2020年12月31日。

私の"当たり前"は、どこへ消えてしまうんだろうか。